直観主義論理

円周率の無限小数の中に0が100個続く部分があるかどうか分からない

直観主義論理を提唱したブラウアー(Brower)の言葉です。 神は答えを知っているでしょうが、限られた認知能力(記憶力や計算力)を持つ人間には真か偽か判定することは難しいでしょう。(100個ぐらいなら見つかりそうな気はしますが。)

古典論理(Classical Logic)

高校数学で習う論理は、古典論理と呼ばれているものです。 すべての命題は、必ず真か偽が決定できる世界を扱います。 冒頭の問いかけも真偽が決定しているわけです。

「pならばq」という命題を「pでない、またはq」と言い換えできるのも、古典論理ならではです。(直観主義論理ではこの言い換えが成り立たない。)

数学的な立場では、体系全体の整合性等が綺麗かもしれませんが、人間の思考パター解析には必ずしも適切ではないと(少なくとも管理者は)考えています。 古典論理は、物理学で言えば摩擦の無い世界のようなものでしょう。

直観主義論理(Intuitionistic Logic)

伝統的数学とは異なる体系を作る試みが今までなされてきました。 ブラウアー(Brower)が提唱した直観主義論理はおそらく最初のものでしょう。 直観主義論理では、結論が真か偽かよりも、実際に真か偽か確認するプロセスがあるか、という点を重視しています。

数学史としては、ブラウアーとヒルベルトの対立が面白いでしょう。 直観主義論理の定式化は、ハイティング(Heyting)により確立されました。

数学基礎論や数理論理学ですが、計算可能性という観点ではコンピュータ科学に関連しますし、人間の思考という観点で心理学、言語学等の認知科学とも関連します。

排中律の適用

直観主義論理は、古典論理から、排中律を除いたものとして定式化されます。 排中律とは、「(A)と(not A)のいずれかが常に成立する」というものです。 冒頭の問いかけも、(A)が「円周率を小数展開すると0が100個続く」とみなすと、この形式であることが分かります。

もちろん、直観主義論理でも排中律の適用が全くダメではありません。 無限を扱う場合に、排中律を適用することはできない、というものです。 解析学(高校数学の微積分の発展)においては、無限を前提とする公理がありますが、直観主義論理では認められないものも含まれています。(ヒルベルトが直観主義を批判したのもこのためと言われています。)